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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12256号 判決 1985年8月07日

原告 破産者新旭川株式会社 破産管財人 米津稜威雄

右訴訟代理人弁護士 田井純

同 増田修

同 小澤彰

同 長嶋憲一

同 麥田浩一郎

同 若山正彦

同 佐貫葉子

被告 株式会社 青森銀行

右代表者代表取締役 若山修

右訴訟代理人弁護士 山田揚一

主文

被告は、原告に対し、金九〇〇一万三一五一円及びこれに対する昭和五八年一二月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一求める裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  訴外新旭川株式会社(以下新旭川という。)は、昭和五六年一一月三〇日午前九時頃自己破産の申立をなし、同日午後三時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告は同時に破産管財人に選任された。

2(一)  新旭川は、昭和五六年一一月二六日、被告に対し、別紙目録記載の手形一四通(以下本件各手形という。)について、取立委任し、これにより裏書交付した。

(二) なお、原告は、先に、本件各手形につき譲渡担保の設定をし、これに基づき裏書交付した旨主張したが、右主張は、真実に反しかつ錯誤によるものであるのでこれを撤回する。

3  被告は、昭和五六年一二月二日までに本件各手形金全額の取立をした。

4  仮に、新旭川から被告への本件手形の裏書交付に際し、被告の新旭川に対して有する貸金債権にかかる譲渡担保設定契約がなされ、これに基づき裏書交付がなされたとすれば、右担保の供与は、それ自体破産者たる新旭川の義務に属しないものであるので、原告は、破産法七二条四号に基づきこれにつき否認権を行使する。

5  仮に、新旭川から被告への本件各手形の裏書交付に際し、被告において本件各手形を取立てて直ちに被告の新旭川に対して有する貸金債権の弁済に充当する旨の合意がなされ、これに基づき裏書交付がなされたものとすれば、原告は左記のとおり主張する。

(一) 右合意には、被告が訴外北日本木材株式会社(以下北日本木材という。)に対し、昭和五六年一一月末日金一億円を融資することが停止条件として附されていた。

(二)(1)し昭和五六年一一月二六日の右合意当時、被告が新旭川に対して有していた債権は、次のとおりの各貸付債権であった。

(イ) 金二億円 弁済期 昭和五七年一月一八日

(ロ) 金一億円 弁済期 同日

(ハ) 金一億円 弁済期 同日

(ニ) 金一億円 弁済期 同月二一日

(2) 前記合意及び手形の裏書交付は、右貸金債権の消滅に関する行為であるところ、破産者の義務に属せず、かつその方法及び時期が破産者の義務に属しない行為であるから、原告は、破産法七二条四号に基づきこれにつき否認権を行使する。

(三) 被告は、本件各手形の取立を新旭川の破産宣告後になって完了したから、新旭川はこの段階で管理処分権を喪失している。従って、前記合意にかかわらず、取立金を貸金の弁済に充当することはできず、右充当は無効である。仮に、右取立が破産宣告前に完了しているときは、被告は破産申立のあったことを知りながら右取立金のうち金九〇〇一万三一五一円を貸金の弁済に充当したのであるから、原告は、右充当行為につき破産法七二条二号に基づき否認権を行使する。

6  よって、原告は、被告に対し、取立委任契約又は事務管理に基づく取立金の引渡請求権により、又は不当利得金返還請求権又は否認権の行使に基づき、本件各手形の取立金合計九四五八万五九〇九円のうち金九〇〇一万三一五一円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五八年一二月六日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、新旭川が、昭和五六年一一月二六日、被告に対し、本件各手形を裏書交付した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)(1) 被告は、昭和五六年一一月二六日当時、新旭川に対し、合計金五億円の貸付債権を有していたところ、新旭川は、同日、被告との間で、本件各手形につき、右貸金債権を担保するための譲渡担保設定契約をし、これに基づき本件各手形を被告に裏書交付したのである。

(2) 原告は、先に、本件各手形の裏書交付に際し、譲渡担保設定契約がなされ、これに基づき裏書交付がなされた旨主張し、被告はこれを認めたから、原告が右主張を撤回するのは自白の撤回にあたり異議がある。

(三) 仮に、本件各手形の裏書交付が譲渡担保設定契約によりなされたものでないとすれば、右裏書交付は、被告の新旭川に対する前記貸金債権の一部に対する代物弁済としてなされたものである。

(四) 仮に、代物弁済でもなかったとすれば、本件各手形の裏書交付は、被告において本件各手形を取立て直ちに被告の新旭川に対する前記貸金債権の弁済に充当する旨の合意があり、右合意に基づきなされたものである。

3  同3の事実は認める。

但し、別紙目録8記載の手形金の入金は昭和五六年一二月四日になされ、その他の手形金の入金は同月一日までになされた。被告は、本件各手形の取立手続自体は同年一一月二九日までにすべて完了していたのであって、あとは結果としての入金受入があったのみである。

4  同4の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)(1)の事実は認める。

(三) 同(三)のうち、被告が本件各手形の取立金のうち九〇〇一万三一五一円を貸金の弁済に充当したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、本件各手形の取立を昭和五六年一一月二九日までに完了した。

三  抗弁

1  (相殺)仮に、本件各手形の裏書交付が単純な取立委任に基づきなされたとしても、被告は、被告の新旭川に対する合計五億円の貸金債権の一部に本件各手形の取立金を充当したところ、これは、相殺にあたるというべきであるから、右取立金引渡請求権は、右相殺により消滅したものというべきである。

2  (商事留置権)

(一) 被告は、従前新旭川に対し金銭貸付を行い、その結果昭和五六年一一月二六日当時合計金五億円の貸付債権を有していた。

(二) 被告が、同日、本件各手形の裏書交付を受けたのが、譲渡担保権設定、右各手形を取立て直ちに貸金債権の弁済に充当する旨の合意又は単純な取立委任のいずれに基づくにしても、被告が右裏書交付を受けたのは商行為によるものというべきであるから、被告は、右裏書交付時以後本件各手形及びその取立金につき、新旭川に対する貸金債権を新担保債権とする商事留置権を取得した。

なお、右裏書交付が取立委任による場合について、被告は本件各手形の取立を新旭川の破産宣告前に完了しているが、仮にそうでないとしても、右取立完了までに右破産宣告の通知を受けなかったから、被告は、右取立が取立委任によるものである旨主張しうる。

(三) 新旭川の破産宣告により、右商事留置権は特別の先取特権とみなされたので、被告は、右取立金につき優先弁済権を取得した。

そこで、被告は、右取立金を自己の新旭川に対する貸金債権の弁済に充当した。

3  (被告の善意)

本件各手形の被告への裏書交付にかかる行為が担保の供与又は債務の消滅に関する行為のいずれにあたるとしても、被告は以下に述べる諸事実からして、右行為が新旭川の債権者を害すべき事実を知らなかった。

(一) そもそも債務者の財産の処分が詐害性を有するかどうかは、専らこれによる債務者の財産の増減を問題とすべきであり、相当な対価をもってなされた担保供与等は詐害性がないと考えるべきところ、本件各手形の担保差入は、既存の、本件各手形の額面を遙かに上回る貸金債務のためになされたものであり、これにより新旭川の財産には何ら増減がない。しかも、右担保差入は、既存の借入を維持継続していくためになされたものであって新旭川全体の利益に機能している。従って、右担保差入は、債権者を害するものではなく、勿論被告は債権者を害することを知りえなかった。

(二) 本件各手形の差入は、被告と新旭川との取引の実態をふまえれば、実質的には新旭川の義務に基づく行為或は少くとも新旭川の義務遂行に密接不可分な行為であった。

(三)(1) 昭和五五年三月以来、木材輸入業界では不況が続いていたが、その一員たる新旭川でも経営が悪化していた。

(2) そこで、新旭川は、昭和五六年九月末、経営の合理化、事業の見直し計画を立て、その中で、新旭川とその関連会社からなる新旭川グループの製材部門を北日本木材に集約することにした。

そのため、北日本木材では資金調達が必要となり、新旭川グループでは、右必要資金を被告の新旭川に対する貸金を北日本木材あてに切換えることによって調達しようと考え、昭和五六年一〇月中旬頃その旨被告に申入れた。

(3) これに対し、被告は、北日本木材の業績が優良であること等を考え、同年一一月二七日、新旭川の保証がなされることを前提に、新旭川への与信のうち手形貸付金一億円、支払承諾金一億円を北日本木材へ切換えることによる金二億円の融資を承認した。

(4) ところが、同月三〇日、新旭川が破産申立をしたため、右融資は急拠取り止められた。

(5) 右融資の交渉中、新旭川の担当者らからは、被告に対し、倒産を予知できることがらは何一つ呈示されなかった。

(四) 昭和五四年八月から破産の直前まで、被告に対する新旭川の預金量は極めて豊富であり、その推移からも破産の気配は全く窺われなかった。

被告は、昭和五四年八月以降新旭川に貸付を継続しており、うち金三億円につき新旭川から商業手形を担保として徴していたが、担保手形は額面合計三億円を上回ることもあり、またその差入れは月二回に及ぶこともあった。本件各手形の担保差入により、担保手形残高は三億九五七八万五七一〇円となり、また、昭和五六年一一月中に二回担保手形を差入れられたこととなるが、これは過去の経緯に照らしても何ら異常なことではなかった。

また、本件各手形の被告への裏書交付時から、満期までが短期間であったことも、新旭川が担保として手形を差入れる場合、取得した手形を直ちに差入れるか又はしばらく所持していてから差入れるかは担保手形の残高状況等を考慮して前記三億円の金額を確保するため新旭川において判断することであったことから考え、何ら異常視すべきではない。

(五) 新旭川は、東京に本社、旭川市に旭川支店を有するところ、右旭川支店は業務内容が本社と異なりかつ独立採算で営業していたが、右旭川支店の業績は好調のうちに推移しており、同地域における信用、評判は極めて良好であった。被告は、実質的には右旭川支店と取引しており、しかもメインバンクではなく、新旭川の取引業者との取引もなかったうえ、旭川市には被告の支店は一店舗しかなかったため、情報入手網が手薄であった。

新旭川の破産の引金となった事件は、取引先の木材卸商「キタカタ」に対する約三〇億円の不良債権の発生であるが、これは予想できない突発的なできごとであった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告が本件各手形の取立金のうち九〇〇一万三一五一円を貸金の弁済に充当したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告の主張は、相殺の意思表示の主張を欠くから主張自体失当である。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)(1) 同(二)の事実は否認する。

(2) 本件各手形の取立委任は、新旭川が自己破産を予定しながら被告に利益を与えることを意図してしたものであり、従って新旭川にとって商行為にあたらない。

(3) 本件のような手形の取立委任について、被告と同業の信用金庫の場合には商事留置権の成立を認められないこと、被告及び新旭川双方の本件各手形の取立金取得の期待感の違いからして、本件では商事留置権の成立を認めるべきではない。

(4) 本件各手形の取立委任は、破産宣告時に終了した。被告は、その後右取立を完了したのであるから、右取立は委任に基づくものではなく事務管理に基づくものである。従って、右取立金は商行為によって被告の占有に帰したものではなく、商事留置権は成立しない。

(5) 本件のように債権者が第三者より自己の名をもって物品を取得し、更にこれを債務者に引渡すべき義務を負うような場合は、債権者は商事留置権を主張できない。

(6) 本件各手形の取立金については、その現実の金銭たる特質から、物上代位により担保の目的物たるべきものと解するべきではない。

(三) 同(三)のうち被告が本件各手形の取立金のうち九〇〇一万三一五一円を自己の新旭川に対する貸金に充当したことは認めるが、その余の事実は否認する。

仮に商事留置権が成立し、破産宣告後先取特権の効力を有するに至ったとしても、右効力としては、競売して被担保債権に充当することができるだけであって、手形を取立てたり、取立金を被担保債権に充当したりすることはできない。

3(一)  同3冒頭の事実は否認する。

(二) 同(一)(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)(1)(2)の事実及び(3)のうち被告が北日本木材に融資をしようとしたこと、(4)のうち新旭川が昭和五六年一一月三〇日に破産申立をした事実は認めるが、(3)(4)のその余の事実は不知。

(四) 同(四)のうち、被告が従前から新旭川に貸付を継続していたこと、新旭川が被告に右貸付の担保として手形を提供したことがあること、昭和五六年一一月中に二回手形の差入があったこと、本件各手形の差入からその満期までが短期間であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

新旭川の被告に対する預金量は、普通預金残高が昭和五六年一一月二〇日一億四七三六万一二七五円であったのが、同月二四日一億円、同月二五日二〇〇〇万円が各当座に振替えられたため二七三六万一二七五円に激減している。しかも、右振替えられた金額は、すべて第三者に送金されている。この事実だけからも、被告は新旭川の信用状態の異変を察知できた筈である。

本件各手形の被告への差入は、その直前の昭和五六年一〇月、一一月の手形差入と合わせ考えると、従前の新旭川から被告に対する担保手形の差入れと比べ、短期間に多額の手形を差入れ、しかも同年一一月には二回も差入れている点で異常であり、しかも特に本件各手形の差入だけをとっても、本件各手形よりも前に差入れられた手形の満期が昭和五六年一二月一〇日以降であるにもかかわらず、同年一一月二六日の差入のわずか四日後の同月三〇日満期の手形を差入れている点からみても、異常である。

(五) 同(五)のうち、新旭川が東京に本社、旭川市に旭川支店を有すること、その営業内容、独立採算であること、被告が新旭川のメインバンクではなかったこと、旭川市における被告の支店の数が一店舗であったことは認めるが、新旭川旭川支店の業績、信用、評判及び「キタカタ」の倒産が予想できない突発的なできごとであったことは否認し、その余の事実は不知。

新旭川は、昭和五五年九月以降実質的に債務超過の状態にあり、昭和五六年七月以降信用不安説が繰返されており、昭和五六年七月には旭川支店札幌営業所閉鎖、九月には製材部門閉鎖、事業縮小していること、新旭川は業界でも著名であることから、被告が右信用不安を知らない筈がない。

五  再抗弁

1  (抗弁1に対し)

被告主張の相殺は、左記事由から許されない。

(一) 被告が本件各手形の取立を完了したのは破産宣告後であるから、受働債権たる右手形取立金返還債務の負担につき破産法一〇四条一号に該当する。

(二) 仮に、右取立完了が、破産宣告前であったとしても、右は新旭川の支払停止時、即ち新旭川が新聞紙上で有力な取引相手方であり自己が支援していた「キタカタ」に対し、原木の供給も融資もしないと表明した昭和五六年一一月二九日午前及び破産申立の後である。

被告は、次のとおり右支払停止及び破産申立の事実を知りつつ本件各手形の取立をし、取立金返還債務を負担したから、破産法一〇四条二号に該当する。

被告は、新旭川が「キタカタ」を大口取引先としており、これに対し多額の貸付をし、しかも右貸付債権が年々増加していることを知り、危倶を抱いていた。しかも、抗弁に対する認否3(五)記載のように、被告は、新旭川の信用不安説を承知していた。このような状況下で右新聞報道があったのであるから、被告においては、新旭川が「キタカタ」に対して支援をできない状況即ち財産上の危機的状況にあり支払不能であることを十分了知できた。

新旭川の破産申立については、右新聞報道があったことに加え、子会社三社も新旭川と同時頃会社更生手続開始の申立をし、同更生裁判所により債権者に連絡がなされ、右申立の事実ひいては新旭川自身の破産申立の事実も一般に明らかになった。新旭川の本社や旭川支店においても、同日午前一〇時頃には、銀行、取引先の担当者らが集合した。従って、被告は、同日午前九時には右破産申立の事実を知ったのである。

2  (抗弁2に対し)

手形の取立委任を銀行に対してする場合、一般に委任者は銀行が取立代金を当然に返還するであろうと信頼し、自己に対する債権を有する銀行であるかどうかを顧慮することなく委任する。従って、銀行が商事留置権を主張し取立金の返還をしないことは信義則に反する。よって、被告と新旭川間には商事留置権排斥の特約が黙示に成立していたものとみるべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

七  再々抗弁

(再抗弁1に対し)

本件各手形の取立金の返還債務は、破産の申立より前である昭和五六年一一月二六日の被告と新旭川間の契約に基づいて発生したのであるから、相殺は、破産法一〇四条二号但書により有効である。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  新旭川が、昭和五六年一一月二六日、被告に対し、別紙目録記載の手形一四通(本件各手形)を裏書交付した事実、被告が本件各手形金を同年一二月四日までに取立てた事実は当事者間に争いがない。

2  原告は、本件各手形の裏書交付が、単純な取立委任の趣旨でなされた旨主張し、被告は譲渡担保の設定契約に基づきなされた旨主張するので、以下右裏書交付に際しての新旭川と被告との間の合意について検討する。

(一)  原告は、先に本件各手形の裏書交付は譲渡担保の設定契約に基づきなされた旨主張し、被告においてこれを援用した後に右主張を撤回したのであるから、右は自白の撤回にあたり、原告において、右主張が真実に反し、かつ錯誤に基づくものであることを立証する責を負うものというべきである。

そこで、先ず右自白が真実に反するかどうか検討するのに、《証拠省略》中には、新旭川と被告間の合意に基づき、新旭川の被告に対する貸金債務のうち一億円を昭和五六年一一月三〇日限り弁済するため、被告に対し、同日を満期とする本件各手形につき取立委任の趣旨で裏書して交付した旨の原告主張に沿う供述部分がある。

しかし、右証言は、《証拠省略》に照らし措信し難い。

かえって右各証拠によると、昭和五六年一一月当時、新旭川の有する被告の与信枠のうち二億円分を新旭川の関連会社である北日本木材に移し換える話合が右三者間で進行しており、その条件として新旭川の被告に対し負っていた合計五億円の貸金債務のうち一億円を弁済することが考えられていたものの、同月二六日には右与信の移し換えにつき未だ被告本店の承認すらなされておらず、まして右一億円の弁済時期方法も新旭川と被告間で定められていなかったこと、ところが、同日、新旭川から被告に対し、本件各手形を右貸金五億円を担保するための譲渡担保とする旨申込まれ、被告もこれに応じて譲渡担保として受入れたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  従って、原告の自白が真実に反するものとは認められないから、その撤回は許されないものというべきであり、本件各手形の裏書交付は譲渡担保設定契約に基づきなされたものというべきである。

三  次に、原告は、右譲渡担保設定行為(設定契約及び手形の裏書交付)を破産法七二条四号により否認する旨主張するので、右否認権行使の当否につき判断する。

1  右譲渡担保設定行為が破産者である新旭川の義務に属しないものであることは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告が右譲渡担保設定当時、破産債権者を害すべきことを知らなかった旨の抗弁について検討する。

(一)  《証拠省略》中には、昭和五六年一一月二六日当時、被告では新旭川に対する信用不安を感じていなかった旨の被告主張に沿う供述がある。

また、《証拠省略》によると、新旭川は、従来被告との間で継続的に金融取引を行い、被告において昭和五五年三月以降は貸付枠五億円、支払承諾枠一億円の合計六億円の与信枠を有し、実際に同月以降常時五億円の貸付を受けていたこと、新旭川では、昭和五六年九月頃、従来有していた製材工場を閉鎖し、総従業員数を削減すること等を内容とする合理化計画を立て、その代わりに新旭川を中心とする企業グループの製材工場を関連会社である北日本木材に集約させる方針を立てたこと、被告と新旭川、北日本木材との間で、昭和五六年一〇月中旬頃から、右合理化等に伴い、新旭川の被告において有する与信枠のうち貸付枠一億円、支払承諾枠一億円を北日本木材に切換え、取敢えず北日本木材において新旭川の保証のもとに被告から一億円の貸付を受ける交渉が進められていたこと、被告と新旭川の双方とも、右切換に際しては新旭川の被告に対する貸金債務のうち一億円を弁済すべきである旨考えていたこと、被告の北日本木材に対する貸付予定日と本件各手形の満期とは一致することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実からすると、被告が本件各手形の裏書交付を受けたのは、実質的には北日本木材への貸付実行の前提として近々新旭川から一億円の弁済がなされる必要があり、その財源としてであると考えられないことはなく、証人小林純一の証言中にも同趣旨の供述がある。しかも、右北日本木材への貸付には新旭川の保証が予定されていたというのであるからこの点も合わせ考えれば、被告は右裏書交付時、新旭川の倒産を予想していなかったものとみるべきであるとも考えられ、従って、右認定事実及び証人小林純一の証言は、前記被告主張を認めるに資するものとの見方も可能である。

(二)  しかし、他方、以下に述べる諸事情及び証拠を考慮すべきである。

即ち、《証拠省略》によると、新旭川は、木材専門の商社であるところ、昭和五四年頃から木材業界の長期不況により営業不振の状態にあり、同年九月以降は実質的には債務超過の状態にあったとの見方もしうる程財産内容も悪化していたこと、新旭川については相当以前から市中に信用不安説が流れ、特に昭和五六年春頃から七月末頃にかけては倒産を間近に予測する情報が流されたこと、その後は毎月末毎に信用不安説が流されていたこと、被告は、昭和四六年頃から新旭川と取引しており、昭和五四年頃には五億円の与信枠を与えていたが、同年二月頃、新旭川から二億円の無担保融資増額の要請がなされたのに対しこれを拒否し、昭和五五年一月頃商業手形を担保とする二億円の融資増額の要請がなされたのに対しては、新旭川の経営内容分析の結果その信用上の危険性が相当高いことを認識したうえ、うち一億円に限り、しかも担保とする商業手形については銘柄を厳選かつ分散のうえ、手形振出先に対する信用照会を励行することといった厳しい条件を付したうえこれに応じ、以後新旭川の信用状態に対し警戒を続けていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

次に、《証拠省略》によると、新旭川では、昭和五六年に入り、前年にも増して経営状態が悪化したため、同年九月頃、営業部門の改組、製材工場閉鎖、人員の大幅削減を内容とする合理化計画を立て、これに伴い北日本木材のもとに製材工場を集約して新旭川の工場従業員を受入れさせる計画を立て、同年一〇月には、右計画を実行に移すとともに、金融機関数社に右計画に対する協力を求めていたこと、しかし、同年一一月二六日当時は右計画及びこれに対する金融機関の協力は成否未定であったこと、かえって右計画後の昭和五六年一〇、一一月にも新旭川の経営状態は好転せず、同年一一月中旬には、倒産間近の状態に至ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、新旭川は早くから経営的に苦境にあり、信用不安説が流れる等しており、現に昭和五六年九月頃以降は、右経営苦境から合理化を遂行せざるを得ない状況にあった一方、被告においても右信用状態を警戒していたので、新旭川が倒産に陥るかどうかを察知し易い状態にあったと考えられる。

また、新旭川から北日本木材への被告からする融資の移転計画自体新旭川に不利益であるうえ、被告の新旭川に対する貸金五億円の弁済期は、うち四億円が昭和五七年一月一八日、他の一億円が同月二一日であることは当事者間に争いがないところ、本件各手形の満期は、右弁済期よりもかなり前の昭和五六年一一月三〇日であり、本件各手形の取立金が新旭川に戻されることなく貸金の弁済に充当されるとすれば、新旭川にとって相当の不利益である。

更に、《証拠省略》中には、新旭川から昭和五六年一一月二六日手形取立依頼のあった九四〇〇万円につき譲渡担保差入証を徴求し保全を強化した旨の記載があり、《証拠省略》中にも、本件各手形は、ある面では保全の強化になることから受入れた旨の供述が存する。

以上の諸事情及び証拠からすれば、本件各手形への譲渡担保設定、これに基づく被告への裏書交付は、仮に、新旭川の保証付でなされるべき北日本木材への融資実行の前提として新旭川の被告に対する貸金債務のうち一億円の弁済をする源資とするためとの一面があったとしても、他面、右以上に、被告が新旭川の倒産の間近いことを察知し、これに備えて自己の新旭川に対する貸金の確保回収を図ってさせた疑いが濃いものというべきである。

従って、前記証人成田忠義、同鳴海通温の被告主張に沿う供述は措信し難く、右供述の他には、前記被告主張を認めるに足りる証拠はない。

3  よって、被告の善意の抗弁は失当であり、本件各手形の譲渡担保設定、これに基づく被告への裏書交付に対する原告の否認権の行使は有効とみるべきであり、被告は、この結果、原告に対し、本件各手形の取立金を返還する債務を負担するに至ったものというべきである。

四  商事留置権の抗弁について判断するに、本件各手形の譲渡担保設定、裏書交付行為が否認された以上、被告は本件各手形ひいてはその取立金を、原告との間の商行為によって取得したものということはできないから、被告は、本件各手形及びその取立金について商事留置権を有せず、右抗弁は失当である。

五  相殺の抗弁について判断するに、被告の主張は、本件各手形の取立金を自己の新旭川に対する貸金に充当したことをもって相殺であるというものであるが、何ら相殺の意思表示の主張を含むものとはいえないから、右抗弁は主張自体失当である。

なお、否認権行使の結果、金銭を返還すべき債務を負うに至った者に対し、その有する債権をもって右返還債務と相殺することを認めることは、否認権の制度を無意味たらしめるから、このような相殺は許されないものというべきである。

六  よって、本訴請求はすべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田泰治)

<以下省略>

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